成功は記録の中に

今日のタイトルはレイ・クロックの「成功はゴミ箱の中に」をもじりました、

生産工程において、法的にまたエビデンスとして多くの記録を求められるのだけど、
それをただ、単に記録しっぱなし@今関わっている企業
記録をつけるのに上記のような理由があったにしろ、
記録はつけるのことそのものが目的でなく、その数値を活用してこそ意味がある。
その本質を見極めないまま記録をつけているので、その帳票が凄い状態に・・・
なぜそれを行うのかわからないと、その工程もアウトプットのレベルも決して高くならないし、
ましてやモチベーションなんて維持されるわけがない。
日々黙々とつけていた記録が何らかの形でコストダウンなり改善になり生かすことができたと、
日々その作業にあたっている人が感じることができたら、それは大きなモチベーションになる。
なんだかんだ言っても、生産工程については、その生産工程で仕事に従事している人が一番よくわかっている。
先に挙げたように、自分がつけていた記録が何らかの形で会社に貢献ができるということがわかり、
具体的にどのような事を経営層が求めているかわかれば、自ら進んでデータの取り方やとるべき数字を提案してくれるのである。
これこそがモチベーション3.0 by ダニエル・ピンク(詳細はここ

関係者じゃない人がみたら、「記録」はただの数字の羅列にしか見えないけど、
そこには宝の山や成功の素がたくさん潜んでいて、
なおかつ、モチベーションにまで関わる大切なもの。

それが経営者に一番伝えたいこと。

仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない

のっけから凄いタイトルですがww

ちょっと話が長くなるがお付き合い下さい。

食品業界、特に加工製造に携わっているところって今すごく二極分化していて、
経営資源が十二分にあって、自前か多少のコンサル(費用対効果による)により国際規格の認証(ISOやらGFSIのベンチマークであるFSSCやSQF)を取得するところと、
国際規格どころか、いわゆる都道府県版HACCPの認証もNB商品を製造販売する力もなく、OEMやPB生産をしているところ。
前者の場合、仮にコンサルをお願いしても、金額の折り合いさえつけば、割と容易にコンサルをしてくれる人が見つかる。
なぜならば、どこかの会社の国際規格の認証のコンサルとしたという場合、コンサルした人の職歴に書くこともできるし、
ベタな言い方をするとハクがつく。
でも、本当に困っているのは後者。
OEMやPB生産の依頼がくるのだから、経営面では問題なく(いくら生産する商品に問題がなくても、経営面が問題があれば、OEMもPB生産も発注しない)、
金銭面での資源はあるが、人的資源や知的資源がない。
食品工場としてあるべき姿やOEM依頼先の意向にあわせて、将来的に国際規格を取得する“予定”を踏まえて、現状の改善をしようと思い、
コンサルや指導してほしいと思っても、先に挙げたような理由で、コンサルする側も仕事を選んでいる状態。

こんな背景がある上で、先月、OEM生産をしているX社から、業務が煩雑なので、製造機械についての問い合わせがあった。
それについてあれこれ聞いて、ついでに該当する工程の帳票を見せてもらったところ、
がーーーーん!マジですかぁ~?!
記録はしてあるけど、全く意味のなさない記録ばかり。
それで、担当部長のところに行って、現状を話して全ての記録と製造工程表を後日送付してもらった。
数十枚にわたる資料をチェックした結果、一からやり直ししないといけないという結論に達し、その旨を伝え今後の方向性を決める会議の日程を調整。

そんなことをしていたら、ある言葉が浮かんだ。
「彼は、金や出世や女より、めしより戦術が好きだった、といえるくらいの戦術狂であった」
これは、ある歴史上の人物を形容した言葉だけど、
金や出世を気にしているのなら、もっと名声に響く仕事を選ぶだろう。
しかし、そうではなく、本当に食品安全(上の言葉でいう戦術になるか・・。食品安全というと枠組みが広くなりすぎるが)の事を考えているのなら、
金や出世よりも、●●狂と言われるくらい、そのことに思いをはせて考えるに違いない。
それぐらい、考えるからこそ、そこに仕事が創られる。
それが今日のタイトル。
問題をみつけて、それを解決するために仮説をたてて、検証する。
狂うほどに考えて思っていれば、その問題はあらゆるところに転がっており、
そこから仕事を創ることはできる。

そんな事を感じた今週のはじまり。

まちライブラリーでアワビ・コンブ生産者と語る

まちライブラリー@大阪府立大学
第5回植本祭 食の台所大阪で生産者と語る 【 FOOD PRODUCERS TALK 】#series 1
室戸でアワビ・コンブの生産者と語る会に参加。
先にこのまちライブラリーのイベントの流れをいうと、
・参加者はテーマにそった本を1冊持参し、それをもとに自己紹介する(3人1組で持ち時間1人3分)
・カタリストの話
・聞いた話について感想をシェアする(3人1組 先の自己紹介とは違うメンバーで 15分程度)
・質疑応答 双方向はもちろんのこと、参加者が投げかけた問いにカタリストだけでなく、別の参加者がさらに投げかけるのもOK
・カタリストの話
・試食会 (今回はカタリストが生産者だったので)

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実際に生産されている食材並びに室戸の特産品
アワビ、マルソウダガツオ
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西山金時(さつまいも)、小夏、西瓜、びわもいただきました
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今回のこのアワビ・コンブの生産について、特記すべきところをあげると、
・室戸海洋深層水の利用と温暖化によりアワビが育たなくなった(アワビのエサとなるコンブが枯れた)のがアワビ養殖をするきっかけ
・深層水の多段活用 海藻(青のり)養殖→アワビ養殖→アワビの餌であるコンブ養殖
・アワビの殻は食べる海藻の色によって変わる

今回の参加人数は約30人。もちろんそれぞれのバックグラウンドも違うので、
自己紹介、感想シェア、質疑応答、試食会など全ての場面において、
自分にとって新たな発見のある意見を聞くことができた。

誰かが語り、それを聞く。
どんな環境でどのようなスタイルが望まれているのか。
この望まれている形が変わっていることに気が付かなければいけないなぁとも感じた。
やっぱり、
What it lacks is agility and context.
なんだよ。

外食産業に適したCleanlinessの仕組み

先日脱稿した原稿があがってきたので、ちょっとご紹介。
本当は、その原稿そのものをスキャンしてアップしたらいいんだけど、
事情により、内容をかいつまんで。

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外食産業の三大要素のQuality,Cleanliness,ServiceのうちのCleanliness
これについては、昨今何かと話題になっているけど、今に至った経緯をよく考えてみた。
そもそも、CleannessとかCleanlinessというのは、食品工場をベースにして作られてきた。
そのため、そのまま外食産業にあてはめると、どうしてもあてはまらない部分がでてくる。
例えば、食品工場は要求される清潔度合いによってゾーン分けが明確になっており、
人も物も非清潔区域から清潔区域行かないように動線が作られている。
それに引き換え外食産業、特に飲食店ではそのあたりが曖昧であり、決して明確ではない。
もし、明確にしないといけないとするならば、ひとつひとつのモノ・コトごとに細分化して決めていかないといけない。
その一方で、飲食店は視覚情報による第一印象が非常に重要になってくる。
つまり、食品工場では製造工程以外のエリア以上に飲食店はすべての場所において、視覚情報による第一印象が要求される。
この2つが決定的に違う点である。
その違いをよく理解しないで、従来よりある教科書や書籍に頼ると、飲食店にそぐわない仕組みやルールを作ってしまうことになる。
(教科書や書籍のほとんどが食品工場ベースで書かれているので)
今年はこの点に着目して、飲食店むけにカスタマイズしたCleanlinessの仕組みをつくりたい。
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イベントを裏方として楽しむ

仕事上でお世話になっている会社から、
イベントをするので手伝ってほしいと言われたのが今月の初め。
イベントの受付をしてくれたらいいからということだったので、
ハイハイと気安くひきうけたのですが・・・。
前日になって、使用する諸資料に差し替えが発生!それも差し替え箇所4箇所!
前日もスケジュールあけといてよかった~というわけで、モクモクと差し替え作業。
そして当日はにっこり笑って受付のはずが、先方の会社から予定外に新入社員が連れてこられていて、
せっかくの勉強!の機会だからと、その新入社員君と一緒に受付。
本来ならば、ベテランの人と組むはずだったので、これはいかんと急きょこの新入社員君に、
受付をするにはどうしたらいいかなど伝える。
受付も無事終了し、その後の懇親会も無事終了。
裏方に徹していたみんなで慰労会をすることに。
そして、いつものごとく“どこいく?”
たまたま東京のオフィスに在籍の人が多かったので、
“大阪名物の串カツ行く?”と提案すると、即行で返事が”賛成!”
時々私が行く串カツのお店があったので、そこにレッツゴー!
出てきたお料理の話から、誰かがたまたまどて焼きに七味唐辛子をいっぱいかけたので、
そこから辛いものの話まで、いっぱい飲んで話して、いっぱい笑った。

こんな今週の始まり。

種まきの日

今日は新しい事始め一日。
まず最初に行ったのがここ
友達がカフェをやっているのだけど、もともとカフェでガシガシやっているわけではなく、
最近は曜日かわりで他の人が主催でワークショップをやってる。
ならばということで、月1ぐらいならワークショップできそうだしやりたいので、見学&相談に。
過去に何度かワークショップやサイエンスカフェをやろうと思ってチャレンジしたり、
やったことはあるのだけど、一番のネックが場所。
この問題が一番先にクリアできるのはありがたい。
それで、実際にやるワークショップの内容やら費用面やら打ち合わせ。
んーーとてもワクワク♪
詳細は決まったら、またご報告させていだだきますね。
ちなみに7月スタートです。

そして、そのあと向かった先がここ
もう、ここはずっと行きたくて行きたくて、やっと念願かなったって感じ。
行きたかった理由は2つあって、
ひとつは、自分の個人的な興味。
「本」と媒介にして人と人をつないでいってコミュニティにするという考え。
もちろん、開所当時は蔵書ゼロ。
このまちライブラリーにてつながった人たちがテーマにそって蔵書。
蔵書時にはコメントカードに記載することになっている。
そして、蔵書してる本を手にとり読んだ人はその続きにコメントをするというしくみ。
現在は、このまちライブラリーで行われるイベントにあわせて、
そのイベントの趣旨にそった本を参加者が各自1冊蔵書。
そして参加者どうし、本を通して自己紹介。
なので、本棚もそのイベントごとに置いてあり、同じテーマで複数回やっている場合、
その都度、参加者が違うので、その時々の個性が出ていておもしろい。

そして、行きたかった2つめの理由
これはビジネスライクな話なんだけど、
頭のかたいおっちゃんたちは、誰かが話をするというと、旧態依然としたセミナースタイルしか思いつかない。
そういうスタイルって、法改正のため、それに基づいて何かしないといけないけど、どうしたらいいの?みたいな
切羽つまったやむにやまれない事情か、
よほどニッチなカテゴリーか(私のまわりでは、バイオセーフティがらみ)じゃないとなかなか人が集まらない。
旧態依然とした一方通行の1対多、それも多が100オーバーの話よりも、
顔の見える程度で、それも一方通行でなく双方向のワークショップ形式の方が、参加者のワクワク感がある。
それを実証するには、このまちライブラリーで私が実際するしかないので、
それができるようにするために、まずはワークショップに参加から!

というわけで、ちょっと未来にむけての種まきの一日。

積読

GWのミッションとして、土日祝祭日は1日1冊の本を読もう!と掲げた私。
そのミッションは無事にコンプリートしたのだけど、
その時用に買い込んだ本が現在何冊か積読になっている^^;
理由はわかっている。
買うときに、文庫本サイズなのか単行本サイズなのか確かめてないからだ。
文庫本サイズは移動時用と決めているので、
文庫本の次読むのが欲しいなと思って買ってみたら、
実は単行本だったというのもある。
(書店で買ってないので、書籍に関するdetailをよく見ないといけないのだけど、いつもそれを飛ばしているのが原因)
そんなわけで、冒頭に記したように、単行本が積読されている。
1冊にかける日数を決めて、1日当たりの読むノルマを決めて、それを実施中。
もうこれでしばらく、少なくとも今月中は買わなくてもいいはず♪と思っていたら、
今日、こんなニュースを発見。
渡辺謙、スコセッシ監督×遠藤周作原作「沈黙」映画化に出演へ
原作は読んだ記憶はあるが、ずいぶん昔のこと。
やっぱり再読しないとね。 ポチ♪
こうして、積読が増えていくのであったw

栄養指導@看護の日

明日5月12日はナイチンゲールの誕生日を記念して看護の日になっています。
それで、この看護の日にちなんで、友達が院長をしている病院にて、イベントがあり参加していきました。
看護の日
このイベントへの誘いがあった時、「栄養指導の手が足らないからお願いできる?」ということだったので、
「お安い御用で!」ということで、栄養指導三種の神器(笑)を持参して会場へ。
午前の外来診療が終わるとともに、広い受付は瞬時に今日のイベント会場へと変身。
来ていただいた方は、地域の方や看護学校の学生さんなど。
栄養指導も多くの方が受けられ、私も他の方がお話されているのお聞きし、勉強になりました^^
今日はあいにく天気が悪かったため、予定人数より下回ったのが残念でしたが、
来られたみなさんは、少し健康を気にしていただける一日になったようでした。
こういった地域に根ざした活動って、小さなことかもしれないけど、
積極的に協力すべきことだな~って改めて思い、
自分自身にとっても内省できた素敵な一日でした。

エッジをきかせないと何も始まらない

GW明けから打ち合わせが続いている。
それも、内向きにも外向きにも色々な意味で重要な、
今後の方向性を決める打ち合わせ。
その方向性を決めながら様々なことが脳裏をよぎる。
そして、わかったこと。
エッジをきかせないと何も始まらない。
全体最適は結果論であり、狙ってやってはいけないし、やれるものじゃない。

つまり、相手を納得させて落とすためのビジョンなり方向性を示すには、エッジをきせる必要がある。
エッジのきかない“なまくら”な提案では、心に響かないし感情を揺さぶられることはない。
しかし、このエッジをきかせるためには、潔く捨てる・そぎ落とさないといけない部分も出てくる。
これって、おうちのお片付けの断捨離といっしょで、潔く捨てられない、そぎ落とせないで困っている場面によく出くわす。
それで、捨てられなくて、そぎ落とせなくて、あれもこれもと言っているうちに、結局エッジはきかないどころか、
なまくら街道一直線になる。
そうなると、方向性もあったもんじゃないし、相手を納得させられるわけないし、全体最適どころか部分最適にも及ばない。

しっかりエッジをきかせるからこそ、相手の心に響き、それが結果として全体最適につながる。
そんなことを思いながら、先日、美術館でみた北野恒富の「宵宮の雨」を思い出すのであった。

レイヤー(層)

最近、いろんなところで、Facebookのリア充投稿がうんぬんというニュースをみかける。
そしてそのリア充が気に入らなくて退会!という言葉を発した(本文はただ退会したという文言だけではないけど、ここでは割愛)
ことに対して、ある人がこのようにコメントしていた。
人間には多層化されたレイヤーで構成されたアイデンティティを持っていると。
人間のレイヤーにはダメダメな負のレイヤーもあるだろうし、
逆にイケイケの正のレイヤーもあると思う。
だから、負のレイヤーのアイデンティティを表に出すと同じアイデンティィの人が集まってくる。
これは正のレイヤーでも同じこと。
それならば、自分の中で正でありポジティブなレイヤーと共感する人と付き合っていた方がいい。
もちろん、自分の持つレイヤーは経験などを通して変化していく。
そのため、同じアイデンティティのレイヤーだと思っていた他のレイヤーがそうでなくなるときがある。
この時は、自分のレイヤーが変わった(あくまでも変わっただけであり、良し悪しの問題ではない)と判断し、
自分のレイヤーにあうレイヤーを求める方が健康的である。
レイヤーが違うと感じ判断したら、相手を攻撃するのではなく、自分の行動を変えよう。
自分を変えることはできても、他人を変えることはできないのだから。
そうやって、ポジティブに健康的に利用しようじゃないか。